前回ブログ 25年2月から、
25年3月-4月は、どんなように過ごしていたかというと、
タイトルにある、【方針が決まる】、で何が決まったのか? と言いますと、
家族の本帰国するタイミングです。
その前に、
前回のブログに書いていなかった内容として、
「新しい景色」※を見るための活動 (※今後、転職をこのような表現で記載します)
で役立たせるべく、受験したTOEICのスコアは、770ptsと、
目標としていた800ptsには及ばず。。。
中途半端ですが、まぁ、このままいきます。
そして、活動のために必要な経歴書作成に苦労し、オンラインでのSPIテストの難しさに
衝撃を覚え、これはブログどころではない。ということで、長期のお休みに入りました。
また、2月までで決めた大きな内容として、どこに住むかでした。
持ち家も無いこと、実家近くで無いといけないといった制約もないため、
どこにしようか考えました。
当初は、以前住んでいた関西某所のURはまだ空いていたので、
そこに再び住むことを考えました。
長女にとっても、以前いた小学校の子が多いであろう中学校に通えば、すんなり溶け込めるものかと思いましたが、もう中学生、小学校低学年の時に仲良かったとはいえ、4年も前。
それって難しくない? そんなことを思うようになりました。
逆にベトナム生活でメリットとなっていた、両親、義両親との距離感。
関西のその場所に住んでしまうと、一気に近くなり、悪いとは言いませんが、
不便なことも出てきてしまうかも。
場所の制約なし、双方の実家との適度な距離感、「新しい景色」がたくさん見える場所、、、
活動を始めた、12月からずっと考えていました。
で、1月のTet休みに一時帰国した際、日帰りで東京へ一人行って来たのです。
新卒から7年勤務し、大阪へ異動してベトナムに来るまでの4年半、毎月通った地。
5年数カ月ぶりでした。

そして、結婚して5年間住んだ神奈川県某所(2010~2015年)、こちらも訪問しました。
長女は3歳手前までこの場所で育ちました。
環境も良く、当時妻は大変気に入っていたのを覚えていました。
ベトナムが目まぐるしく変化する中で、この神奈川県某所は (鉄道が便利になったり、建物が少し増えたりはしていますが) 全くと言っていいほど、変わっていない景色に、安心感を覚えました。
やっぱりこの地が好きなんだと。
ちょうど10年前2015年の3月、東京から大阪に転勤、
一番嫌だったのは、この気に入った地を離れなければならないことでした。
その時に、頭に浮かんだのは、「いつか○○※に帰ろう」※神奈川県某所
時は過ぎ、ベトナムにやって来て、こんなことすっかり忘れていましたが
5年ぶりに訪問して、10年前、頭に浮かんだことを思い出しました。
自分なりに考えたのは、
①「新しい景色」の数は、関東の方がやはり多く、関西で勤務しても異動の可能性が出てくる。
②神奈川県某所は、ワタクシにとっても思い入れの場所で、機会があれば再び住みたい。と思っていた場所。
③そして、ハノイで日本人学校、幼稚園で出来た友達、ママ友についても、関東の人が
かなり多く、戻っても時々会って遊んだりできる可能性が高いこと。
④両親、義両親との適度な距離感があること。
⑤妻の妹家族、ワタクシの弟家族も関東地方に住んでおり、何かあっても
安心なこと。
条件は揃っています。
しかしながら、本当にこれで良いのか、
妻や両親、義両親も納得するのか。あれこれ悩みました。
最後は、人生一度切り。出来る限り、自分のやりたいようにやろう。
そして自分の思いを伝えて納得してもらい、神奈川県某所に住むことに決まりました。
(ちなみに妻は、私が東京へ行ったのをみて、本帰国したら、神奈川県某所に再び住むのかと思っていたようです)
非常に長い前置きとなりましたが、ここからです。
夏に決定、秋で引継ぎ、そして2025年12月1日を「新しい景色」を見ている。
というロードマップを作りました。
家族も、このタイミングで共に本帰国です。
しかし、「新しい景色」≒ 「今の環境とは揉めるリスク」、があるのでは?
良く聞く話なので、ある程度の覚悟は出来ています。
だけど、もし家族の引っ越し費用や航空券代を出してもらえず、
自己負担となれば。。。
国際引っ越しで、4年近く住んでいる家財だらけのベトナム、費用も相当になることが
既に分かっています。
そんなことを親会社に聞けるわけも無く、考えたのが、
先に家族を日本へ返すことでした。これであればノーリスク。


3月で、小学校を卒業、幼稚園を卒園、

4月からは、長女は中学生、次女は小学生、
短いけれども、1学期でハノイ日本人学校を退学して、夏休みに引っ越し、
現地に慣れてもらい、2学期から新しい学校という形であれば、家族の負担も
少ないのかと思い、妻と相談、決定しました。
残り3.5か月程、家族と過ごせる残り期間を大切にします。
3月末から4月頭は、家族旅行でフーコック島へ行ってきました。





4月に上旬は、日本人学校の入学式です。
小学部、中学部、6歳差ゆえに、どちらも入学式。

仕事は忙しいながらも、家庭生活を充実、
新たにカナダ人コミュニティで行われている、ボールホッケーに
昨年12月から参加するようになりました。

ホッケーは十数年ぶり、弱った身体は激しい動きに付いていけず、3月は肋骨の骨折。
もう若くないのだと痛感。。。
一方の、「新しい景色」を見るための活動は、
ちらほらエージェントとの面談が始まりました。

日本とは2時間の時差。仕事中に面談するわけにはいかず、
会社にマウンテンバイクを置いて、会社近くの安ホテルに泊まり、
ベトナム時間7:00から、面談を行っていました。
夜はひたすら、職務経歴書や志望動機の作成。
結構ハードながら、時間が経つのはあっという間でした。

そして、4月末からは、最後の家族旅行へ行きました。
次のブログで続けます。